私たちの教団のホームページにようこそ!

教団委員長 佐藤義則

 
 ホームページをご覧くださり、あ りがとうございます。

 「ホーリネス」(Holiness)という名称は、神の聖さのことを表わしますが、私たちの教会は、神がその聖さを授けてくださるという恵みを信じ、これに生き、これを証してゆくことを使命としています。

「すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。」(マタイによる福音書11章28節)
 
 人はだれでも、重荷を背負って日々を歩んでいますが、しばしば疲れ果てて負いきれなくなってしまうことがあります。そのような私たちを、キリストは招いておられるのです。この方の前にいっさいの重荷をとり降ろすなら、真の休息と平安を与えてくださるのです。日曜日は教会へ。是非、キリスト教会をお訪ねしてみてください(教会については、「全国教会所在地」をご参照ください)。

 主イエス・キリストの父なる神が、あなたを豊かに祝福してくださいますように。

【年間標語】新たな宣教と教会形成をめざして
【年間聖句】「もし、主が家を建てるのでなければ それを建てる人々は空しく労苦することになる。もし、主が町を守るのでなければ 守る人は空しく見張ることになる。空しいことだ 朝早く起き、夜遅く休み 苦労してパンを食べる人々よ。主は愛する者には眠りをお与えになるのだから。」 (詩編127編1、2節)


 
 
 
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琵琶湖のほとりにあるキャンプ場

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(2017年6月15日)
(2017年4月13日)
平和の祈り
(ページ内よりダウンロードできます)
 
 

私と一緒に行ってください

「私自身が共に歩み、あなたに安息を与える。」
(旧約聖書 出エジプト記33:14)
 
 夕食の準備でキャベツをスライサーでスライスしていた時のことです。まだ大きな塊の状態であったのに、勢いよく自分の親指の先をスライスしてしまいました。一時間止血しても血が止まらず、夜間診療をしている病院に行くことにしました。

 私はいい歳をした大人ですが、その時は利き手の指を押さえながら出かけることに不安を感じ、夫にも病院まで同行してもらうことにしました。住んでいる家の駅から二駅先の駅近の病院は初めての場所で、空間能力のある夫についていく形となりました。

 診察中もなかなか血が止まらなかったのですが、一針縫う手前でなんとか止まりました。病院を出る時は夜の九時前になっていました。近くのハンバーガー・ショップでほっとしながら〇〇バーガーを頬張り、家に帰りました。同行してくれた夫の存在がありがたくて仕方のない晩でした。

 聖書には、「私自身が共に歩み、あなたに安息を与える」という言葉があります。だれかが一緒に行ってくれたらいいのに、一人ではつらい、そう思うことがたびたびあります。でもそこにどうしてもだれも同行してもらえないこともあるものです。しかし神さまは、どんな場所であっても「私自身が共に歩む」と約束してくださっています。神さまが行くことのできない場所はないからです。私と一緒に行ってくださり、目的のその先にほっと休むことのできる場所があって、そこまで神さまが導いてくださるという約束です。

 でも、目に見えない神さまが一緒だとどうしてわかるでしょう。どうして安心できるでしょう。「神さま、私とどうぞ一緒に行ってください。どうぞ私を助けてください。」そう祈ればいいのです。祈る私たちのそばに神さまは来てくださり、どこまでも、どこまでも、そして生海の安息に至るまで一緒に歩んでくださいます。
(「きぼう」2 月号)

     

 (「きぼう」アーカイブ) 
   

数えてみよ主の恵み
~いや数えられません!

信徒教団委員 藤野博行
 
 「外国人が何か催し物をやっている?」 小学校4年生の夏、外国人に興味があった僕は、近くのスーパーの2階に足を運びました。崖から落ちそうになった羊を、手を伸ばして助けようとしている男の人の絵を見て、「この絵はどういう意味?」 「これはね、イエスさまが羊を助けようとしている絵だよ」 「イエスさま?」 「良かったら今度の日曜日、教会にいらっしゃい」。外国人に興味があった僕は、妹と共に初めて教会に足を運んだのでした。

 筋金入りの信仰で僕を優しく導いてくださった、オーストラリアのディヴィッド・ヘイマン宣教師、ウォルシャム宣教師がくださった最初の御言葉は、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」(マタイ4:19/口語訳)でした。そしてその教会は、作家・三浦綾子姉が『氷点』を執筆し、後に宣教師のためにと、捧げた場所でもありました。
 
 それから42年、神さまの祝福はただの一度も途切れたことはありません! イエスさまの真の愛と、通じる英語を伝授してくださった木林晃一郎牧師夫妻との奇跡の出会い、高校入試で最後の3人に入った奇跡(あと2点足りなかったら不合格)、二浪し入った大学で妻と出会えた奇跡、就活で最終面接まで行って落とされた後、そのはるか上の企業に就職できた奇跡(大学始まって以来の内定企業でした。ひけらかしているのではなく、何の才能もない僕が、ただただ主の恵みにより就職できたこと、心から主の御名を讃美!)、体調のすぐれなかった妻と、3人もの子どもの親になれた奇跡、転勤のない企業に転職して、地元・旭川教会の近くに戻って来られた奇跡、そしてこの企業は、休暇理由不要・必ず50%以上取らなくてはいけないため、教会活動や東京等への交わりへも積極的に参加できる奇跡、等々。イエスさまの恵みは限りなく、私たちに豊かに満ちあふれています。主の御名はほむべきかな!ハレルヤ!
(「りばいばる」2 月号)

  

「りばいばる」アーカイブ

幼子にならう者でありたい

「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、幼子たちにお示しになりました。」(マタイ11:25)
 
 私が初めて教会学校の教師になったばかりの頃、教区主催の教師研修会に出席した。そこで推奨された本が、金井由信先生の書かれた『実を結ぶ教会学校』だった。それを早速買い求めて読み、奨められたとおり豊かな養いとなった。方法論というよりも使命の大切さ、そこに問われる献身について熱く語られた本だった。その中に次のような証しがあった。

 聖日の午後は、約5キロ離れた分校へ通っていた。ある日、エリヤの信仰についてお話をしている最中に空が曇ってきて、終わったときにはどしゃぶりになった。夜の路傍案内と集会があるので、雨が上がるのを待っていられないが、雨具を持ち合わせていなかった。どうしたものだろうと思案していると、「みんな、金井先生のために祈ろう。エリヤの神さまは今も生きておられるよ」と言って、十人ほどの子どもたちが玄関口にひざまずいて祈りだした。どちらが教師かわからない。私の方がよほど不信仰で、何度も目を開けて雨の具合を見ていた。そのうち少し雨が小降りになり、止みそうな気配がしてきた。「先生、もう大丈夫だよ」 「西の空が明るいよ」。子どもたちに励まされて私は自転車に乗り、不安な気持ちをおさえながら帰途についた。教会にたどりつく途中、大きな川の近くまで来たとき、空はすっかり晴れ上がり、夕焼けが美しく西の空を彩っていた。やがて一週間がたって、次の聖日の午後、再び分校に行った。子どもたちが集まってくると、ひとりの子が「私たちは、先生が教会へ帰り着くまで、ここで先生のために祈っていたの」と何気なく話してくれた……。

 青年牧師だった金井先生はその子の言葉に心打たれ、「主よ、この子らのためにいのちをささげます」と言って、献身を新たにしたと、その文章が締めくくられている。私も思わず、安易な気持ちで教師を引き受けたことを省み、この働きのために自分をささげるのだと決意し、祈ったことを今も想い起こす。

 子どもの信仰に驚かされ、教えられることが度々あった。夏のキャンプで御言葉が語られる。語り終わって信仰の招きが行われる。「イエスさまを信じる人は手をあげてください」という招きに、人目を気にせず指先までピンと伸ばして、手を挙げる子どもたちの姿があった。迷いのないまっすぐな子どもたちの信仰に感嘆させられる。彼らにならう者でありたい。
(「りばいばる」視2 月号

 

(「りばいばる」アーカイブ)
 
 

 

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