胎児から成人までの一貫した教案誌 個人的な学び・家庭集会にも最適

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 このコーナーは聖書の光の子どもデボーション (子どもだけでなくてもいいのですけれど…)のページをそのまま載せてあります。自由にコピーしてフリガナをつけたり、文字の大きさを変えたり、言い方を変えたり、 みなさんのクラスの子どもたちに合わせてアレンジして使ってください。

 世界中で人間がつくった神さまが拝まれています。でもただひとりの神さまが私たち人間を造られました。

4月19日(日)創世記二7〜8

 神さまは土で人を造られました。粘土のようにこねて造られたのかもしれませんね。でも私たちの体は土だったとは思えません。柔らかい肌に覆われた体には血が流れているし、いろいろな部分でできあがっています。土からこんなにも良くできた体を神さまは造ってくださいました。

4月20日(月)創世記二7〜8

 私たちの体には、神さまの命の息が吹き込まれています。だから私たち人間は人の形をした人形ではなく、心を持った生きた人間です。神さまに命をいただいて生きているのです。でも死んだら体は土にかえるのです。

4月21日(火)創世記二7〜8

 神さまは、最初に造られた人が安心して生活できる場所、エデンの園を用意しておられました。生きるための必要はぜんぶ神さまが用意してくださっていました。

4月22日(水))創世記二18〜19

 神さまはひとりぼっちの人間に「助け手」を造ることにしました。「助け手」は、「助け手」がいることで、人間が心を豊かにされて生きることができるもののことです。交わりをもって心を一つにしていけるのです。

4月23日(木)創世記二19〜20

 神さまは人のために、動物や鳥たちを人と同じように土で造られました。人は名前をつけて可愛がりました。でも人と動物たちは話し合ったり、一緒に考えたりすることができませんでした。人は何か物足りなく感じました。神さまが良いと思う「助け手」にはなりませんでした。

4月24日(金)創世記二21〜23

 次に神さまは、人のあばら骨から同じ人を造られました。女の人でした。人は、連れてこられた女の人を見て、心が喜びでいっぱいになりました。「うれしいなあ。わくわくするぞ。この人がいたら、きっと一緒に考えたり、話し合ったりできる。足りなかったものが合わさって、ちょうどよくなるに違いない。」一つになれる助け手が与えられました。

4月25日(土)創世記二24〜25

 こうして二人は話し合い、一緒に考え、力を合わせてエデンの園を守っていくのです。そしてやがて夫婦としてつながっていくのです。二人の間にはいつも神さまがおられます。神さまが二人をつないでくださいます。二人は裸でしたが、恥ずかしいことはありませんでした。何も隠す必要がなかったのです。相手を見ても見られても心が安心していたからです。

 神さまが造られたすばらしい世界を人は壊してしました。

4月26日(日)創世記三1〜5

 蛇は、「神さまが言われたことよりもっといいことがある」と言いました。それを聞いたらだれでも食べてはいけない木の実を食べたくなりますね。神さまの言葉より、こっちの方がもっといいと思える方に、私たちもつい気持ちが行ってしまうことがります。神さまの言葉を何よりも信頼できますように。

4月27日(月)創世記三6〜7

 女の人はそれまで善悪の知識の木やその実をよくみていなかったかもしれません。食べてはいけないから興味もなかったでしょう。でも蛇の言葉を聞いて木を見たら、とてもおいそうに見えました。自分も食べ、夫も食べてしまいました。でも神さまのようにはなれませんでした。ただ裸のままでいられなくなりました。

4月28日(火)創世記三8〜10

 神さまは隠れている二人がどこにいるか知っておられましたが、「どこにいるのか」と声をかけられました。自分から出てきてごめんなさいというのを待っておられたのです。でも二人は悪いことをしてしまったので、神さまに怒られることが怖くて出て行けませんでした。

4月29日(水))創世記三11〜13

 男は女のせいにしました。女は蛇のせいにしました。二人ともごめんなさいと言えませんでした。自分は悪くない、あの人のせいだ、と思う心が私たちにもあります。神さま、自分が本当に悪い時、それを認めて、悔い改めることができますように。

4月30日(木)創世記三14〜15

蛇は神さまに「お前は呪われる」と言われました。蛇は与えられた賢さを良い方に使うことができませんでした。人に神さまを疑うように仕向けました。それは造られた全てのものたちを苦しめることになりました。だから私たちには救い主が必要なのです。

5月1日(金)創世記三16〜19

 男も女もエデンの園では神さまがくださった安心で安全な世界で不自由なく暮らしていました。でもこれからは苦しんだり、困ったり、悩んだりして自分たちでいろいろなものをつくり出して生きていくのです。がんばっても、うまくいかないことも起こります。そして神さまに頼ることの大切さを知るのです。

5月2日(土)創世記三20〜24

 神さまは裸のままでは出てこられないアダムと女に皮の衣を作って覆ってくださいました。二人はエデンを出ていかなければなりません。でも神さまは二人を見捨てたのではありません。衣を着せて新たな場所で生きられるように準備してくださったのです。

 神さまに怒りや疑問を感じたらそのままぶつけていいのです。

5月3日(日)創世記四1〜5

 アダムとエバの二人の子どもカインとアベルはそれぞれ神さまにささげ物をして、神さまを礼拝しました。神さまはアベルのささげ物は喜ばれました。ところがカインのささげ物は受け取られませんでした。カインは怒りました。きっと私たちもカインのように神さまのことを怒りたくなるでしょうね。

5月4日(月)創世記四6〜7

 「どうして怒るのか。」と聞かれる神さまに、カインは顔を伏せて怒り続けました。神さまは「正しいことをしていたら、顔を上げることができる」とも言われました。でもカインは自分が正しくないことを認めれられませんでした。悔しさとアベルばかりずるいという思いがカインの心に広がりました。

5月5日(火)創世記四6〜7

 神さまは罪があなたの心のそばで待ち伏せしていると言われました。このままでは恐ろしい罪に誘われて、それについていってしまうのです。でもカインは、それはダメだと罪に背を向けることができるし、そうしなければいけないと神さまは言われました。どうぞ私たちが、罪に負けないで罪にダメと言えますように。

5月6日(水))創世記四8〜10

カインは心に湧き上がってくる思いを押さえつけることができませんでした。神さまに怒りをぶつけないで、アベルをねたみました。アベルさえいなくなればいいと思い、アベルを殺してしまいました。それでカインは平和になったでしょうか。もっと神さまの前に頑固になってしまったのです。罪を認められない頑固な私たちです。どうぞ助けてください。

5月7日(木)創世記四11〜12

土を耕して作物を作るカインが、弟を殺して土に埋めました。だからもうカインは種を蒔いても作物は実らないと神さまは言われました。カインは良い土を探してさまよい続けることになるのです。アベルがいなくなったらいいと思ったのに、良いことにはなりませんでした。

5月8日(金)創世記四13〜14

 アベルを殺した罰は重すぎて耐えられないものでした。カインはこのままでは生きてきけないと恐れるばかりでした。でもカインは神さまにごめんなさいということができませんでした。言い訳でなく、悔い改める心を私たちに与えてください。

5月9日(土)創世記四15〜16

 神さまは罪の罰で終わらせませんでした。カインが生きるため命を守るしるしをつけられました。カインは神さまの前を去っても、神さまの守りからは追放されていませんでした。

 神さまの言葉に従うことは私たちの命を守る道です。

5月10日(日)創世記六9〜12

 カインのずっと後の時代、世界に住む人たちは神さまから離れ、自分のことばかり考えて自分勝手に生きていました。けれどもノアは神さまを信じて、神さまと共に歩んでいました。私たちも天地を造られた神様を信じ、神さまの愛に生きることができますように。

5月11日(月)創世記四13〜18

 神さまは世界が悪と罪でいっぱいなのをご覧になって、世界を大洪水で滅ぼすことを決心されました。そこでノアに大きな箱舟を造るように命じられました。3階建ての大きな箱舟です。息子三人と一緒に造るにしてもとても大変な作業です。でもそれが生き残るためのたった一つの道でした。箱舟がノアと家族を救うのです。

5月12日(火)創世記四19〜20

 ノアたちだけでなく、人間以外の生き物たちも箱舟に乗せるのです。動物たちは、地震や大雨など命が危ないことには敏感です。だから動物や鳥や虫、他の生き物たちが、オスとメスの2匹ずつになって生き残るための箱舟を目指してやってくるのです。神さまは生き物同士がケンカせずに仲良く箱舟に入れるよう導かれるのです。

5月13日(水))創世記四21〜22

 大きな箱舟を造るのには時間がかかるでしょう。それだけでなく、自分たちと箱舟に乗るたくさんの生き物たちの食べ物も用意しなければなりません。作業は途方もなく感じられたかもしれません。でもノアはすべて神さまの言われた通りにしました。神さまもまた、命じたことを終わらせる知恵と力を与えてくださるのです。

5月14日(木)創世記七1〜5

 いよいよ箱舟が完成し、中に入る時がやってきました。ノアは神さまに正しいと認められたただ一人の人でした。正しいとはノアに罪がなかったのではなく、神さまを信じ従っていた人ということです。ノアの生き方はいつも「主が命じられたとおりにすべてを行った」でした。私たちも神さまの言葉に従うことができますように。

5月15日(金)創世記七6〜16

 箱舟にノアと家族が入りました。神さまが言われた通りすべての生き物たちが箱舟にやってきて、オスとメスの2匹ずつが箱舟に入りました。そして神さまが箱舟の戸を閉じられました。すると雨が降り出し、やがて大洪水になって地面を覆いました。

5月16日(土)創世記六17〜24

 高い山も何もかも水の中です。箱舟に乗っているものたちだけが生き残りました。ノアと共に家族も神さまに従ったので共に生き残ることができたのです。

 高い塔はそれを造った人たちの賢さや能力を見せるものです。神さまから与えられた能力を正しく使えますように。

5月17日(日)創世記十一1〜4

 今の世界は国によって言葉が違います。しかし昔はみんな同じ一つの言葉を話していました。その中のある人々が新しい場所に引っ越しました。そこではレンガを造るようになりました。またレンガとレンガをしっかりとくっつける接着剤のアスファルトも使うようになりました。技術が進むことで人は大きな自信を持ちました。

5月18日(月)創世記十一1〜4

 彼らは町と塔を建てることにしました。塔は天まで届くほどの高さを目指しました。それは高ければ高いほど、自分たちの持っている建物を建てる能力がすごいことを自慢できました。まるで神さまにまで到達できるような気持ちになりました。世界一高い塔は、世界中の人にすごいと思われるのです。自分たちがどこの人たちよりも頭がいいことを示そうとしました。

5月19日(火)創世記十一1〜4

 彼らは散らばらないでそのままでいたいと思いました。それは神さまの言葉を無視した一致でした。神さまは世界を創造された時、人間が世界のあちこちに増え広がってほしいと思われたからです。神さまを抜きにした人間の一致は、神さまを無視した生き方になりました。

5月20日(水))創世記十一5〜7

 天まで届く塔を建てようとしていた人間でしたが、神さまは天から降りてきてその塔をつくる様子をご覧になられました。神さまがここで止めなければ、人間はどんどん神さまから離れて悪い方向に向かってしまおうとしていました。神さま以外にはもうだれにも止められないほどでした。

5月21日(木)創世記十一5〜7

 人間が神さまの思いとは違う方に進む時、神さまは人間を守るために働かれます。神さまは言葉をバラバラにされました。お互いに何を言っているのかさっぱりわかりません。これをあっちに持っていって、とか、これはああしようとか言っても通じないのです。これでは一緒に仕事ができません。

5月22日(金)創世記十一8〜9

 もう一緒に高い塔のある町を建てられなくなりました。言葉がわかる者同士で一緒になり、そこを離れて別の場所に出ていきました。

5月23日(土)創世記十一8〜9

 言葉が通じないことはとても不便です。言葉が通じることはとても大事です。でも神様によって人が一つの場所から離れて広がっていくことや、いろいろな言葉が使われることによって、世界はとても豊かになりました。

 教会のお誕生日おめでとうございます。

5月24日(日)使徒二1〜4

 ペンテコステの日、イエスさまの弟子の120人ほどが、一つの部屋に集まってお祈りをしていました。すると激しい音と共に現れた炎のような舌が、一人一人の上にとどまりました。イエスさまの約束しておられた聖霊が降ったのです。今、信じる人の心にも聖霊は与えられています。

5月25日(月)使徒二1〜4

 聖霊に満たされた人たちは、外国語を話し出しました。勉強したわけでもないのに、外国語を話していたのは、人々からすごいと思われるためではありません。いろいろな国の言葉で神さまのすばらしい働きを語っていたのです。私たちもど神さまのことをどう伝えたらいいか分からなくても、聖霊が私たちに伝える言葉を与えてくださるのです。

5月26日(火)使徒二5〜13

 物音に驚いて集まった人々は、外国生まれ外国育ちのユダヤ人でした。弟子たちが話す言葉が、自分が生まれ育った町の言葉なのでみんなびっくりしました。どうしてこんなことが起こっているのかと不思議でたまりませんでした。

5月27日(水))使徒二14〜21

 弟子たちは酔っ払っているのではありません。預言者ヨエルが預言したことが起こったのです。特別な人だけに与えられた聖霊が、すべての人に与えられる日が来るという預言です。その通りに男の人にも女の人にも若い人にもお年寄りにも聖霊が降ったのです。だから彼らは神さまのすばらしい働きを伝えているのです。

5月28日(木)使徒二22〜24

神さまのすばらしい働きというのは、イエスさまを送ってくださったことです。「あなたがたは神が遣わされたイエスをはりつけにして殺しました。しかし神はこのイエスを復活させられました」。このペトロの言葉に人々は、自分たちが間違っていたと知り心がざわざわしました。

5月29日(金)使徒二25〜36

 イスラエルの王だったダビデもイエスさまのことを預言しました。それは自分の子孫は、死んでも終わらないこと、本当の王として復活するということです。その預言の通り、神さまはイエスさまを復活させて、救い主として現されました。

5月30日(土)使徒二37〜42

 ペトロの言葉に人々は「自分たちは取り返しのつかないことをした。これからどうしたらいいのだろう」と思いました。ペトロは言いました。「悔い改めてイエスさまを信じ、洗礼を受けるなら、だれでもゆるされ、聖霊が与えられます。」こうしてペトロの言葉に従って3000人もの人が救われて、教会が誕生しました。

 教会では祝福されますように、とお祈りします。神さまの祝福は私たちに与えられるなくてはならない良いものです。

5月31日(日)創世十二1〜3

 アブラムは神さまの声を聞きました。「私が行きなさいという土地に行きなさい。」そこでその言葉に従ってカナンの地に向かいました。今までの生活には、人がつくった神さまを拝んで、神さまの喜ばれない生き方がありました。そういう生活を離れて天地を造られた神さまに従う生き方を始めました。

6月1日(月)創世十二1〜3

 神さまは、神さまについていくならアブラムを大いなる国民とすると言われました。それはアブラムの子孫から一つの国民が生まれるということです。そしてアブラムはその国民の最初の人になり、国民の父として有名にすると約束されました。神さまに従う人を神さまは祝福してくださるのです。

6月2日(火)創世十二1〜3

 アブラムを祝福する人は神さまに祝福されます。アブラムを呪う人は神さまに呪われます。神さまがアブラムの味方でいてくださるということです。だからどんな時も神さまに頼り、神さまに従うことが一番安全なのです。

6月3日(水))創世十二1〜3

 神さまは、アブラムを通して、すべての人が祝福されると言われました。アブラムがいることで、すべての人も神さまの恵みをいただけるのです。それはアブラムが神さまに従って良かったと思う人生を歩むなら、他の人も神さまを信じてアブラムのように歩みたいと思うでしょう。祝福とは神さまが共にいてくださることが一番だとわかることなのです。

6月4日(木)創世十二4〜6

アブラムが神さまの言葉を聞いたのは75歳の時でした。彼は神さまの言葉の通りにしました。75歳からの新しい出発でした。神さまは何歳になっても私たちに新しいことをさせてくださるお方なのです。

6月5日(金)創世十二7

 アブラムはカナンにやってきました。神さまは「あなたの子孫にこの地を与える」と言われました。すでにカナンには住んでいる人たちがいました。それにアブラムには子どもはいません。でもアブラムはワクワクしました。祭壇を作り、神さまに感謝の礼拝をささげました。

6月6日(土)創世十二8〜9

 今はまだ土地を持っていないアブラムは、カナンの地を転々としました。それはテントを立てて寝泊まりする旅の生活でした。でもアブラムは行くところどこでも祭壇を作り、神さまを礼拝することを大切にしました。神さまを自分たちの生活の中心に置いていたからです。

 聖書の中には神さまからの「恐れるな」という呼びかけが何度も出てきます。何度言われても恐れてしまう私たちだからでしょうね。

6月7日(日)創世十五1〜2

 アブラムに神さまは「恐れるな」と言われました。神さまが盾となってあらゆる危険や困った問題、苦しみから守ってくださるのです。そして神さまに従うアブラムに神さまは祝福でいっぱいにし溢れ出るほどにすると言われました。アブラムだけでなく、私たちにも神様は約束してくださっているのです。

6月8日(月)創世十五1〜3

 神さまが私たちの盾となってくださるとは、私たちを守ってくださることです。それは困ったことや、苦しいことがないわけではありません。それらを乗り越える力と助けを与えてくださるのです。

6月9日(火)創世十五1〜3

 アブラムは自分の気持ちを神さまにぶつけました。「神さまが子孫をくださると約束されたので待っていたのです。でもまだ子どもは与えられていません。祝福するといっているのに、話が違うじゃないですか。私はもう子どもをあきらめて別の人に後継を考えています」。神さまの約束を信じられない時、私たちも神さまに気持ちをぶつけていいのです。

6月10日(水))創世十五4

神さまはアブラムにはっきりと言われました。「あなたの考えている人は後継にはならない。あなたから生まれる者があなたの後を継ぐ。」それまであきらめていたアブラムの心にもう一度希望が出てきました。神さまは、私たちが信じることが難しい時、繰り返し語ってくださるのです。

6月11日(木)創世十五5〜6

アブラムは神さまに促されて外に出ました。見上げた夜空にはたくさんの星が輝いていました。神さまに数えてみなさいと言われても数え切れないほどでした。「あなたの子孫はこのようになる。」力強い約束をアブラムは心から信頼しました。

6月12日(金)創世十五5〜6

神さまはアブラムが固く約束を信じたことを喜ばれました。神さまとアブラムの関係がしっかりとつながりました。神さまがアブラムに語りかけ、アブラムも神さまの言葉を信じ従う交わりの関係です。神さまはアブラムを正しい人とされました。

6月13日(土)創世十五5〜6

 神さまの前に正しい人を「義」とされたとも言います。神さまの前に正しい人というのは、神さまを信じ、つながっている人のことです。間違ったり失敗したりすることはあります。罪を犯すこともあるのです。でも悔い改めて神さまにつながり続ける、そういう人なのです。

 アブラム(偉大な父)は神さまから新しい名前をいただき、アブラハム(多くの民の父)になりました。

6月14日(日)創世十八16〜21

 旅人となってアブラハムの前に現れた神さまは、これからアブハムの甥のロトが住むソドムの町の悪の姿を調査しに行こうとしていました。神さまは、このまま黙って行くのではなく、アブラハムにこれからのことを打ち明けようと思いました。それほどアブラハムと親しい友になってくださいました。

6月15日(月)創世十八16〜21

 神さまはアブラハムのこれからに期待しておられました。それはアブラハムとその子孫を通して神さまの祝福を世界中の人も受け取るようになることです。だからこそ、アブラハムにはこれからの神さまの計画を知ってほしいと思われました。町を滅ぼすことも考えておられたからです。

6月16日(火)創世十八22〜26

 アブラハムにとってロトはもちろん大切な存在です。だからロトの命を救いたいと思いました。でもソドムの町のことも救ってほしいと考えていました。もし正しい人が50人でもいたら、神さまはゆるしてくださるかもしれない。だからアブラハムはお願いしました。神さまは正しい50人の人のために滅ぼさないと言われました。

6月17日(水))創世十八27〜28

 アブラハムは自分が神さまにお願いをすることはでしゃばっているようで申し訳ないと思いつつも、もし45人の正しい人がいたらゆるしてくださいとお願いしました。神さまはそれなら滅ぼさないと言われました。神さまはアブラハムが願うことをうるさいと思わないで聞いてくださいました。

6月18日(木)創世十八29〜31

 アブラムはもっと神さまにお願いしてみる勇気が出てきました。「正しい人が40人いたら、30人いたら、いやいや20人しかいないかもしれません」と。神さまは20人のために滅ぼさないと言われました。正しい人の人数が少なくなっても、神さまのゆるしに変わりはありませんでした。

6月19日(金)創世十八32〜33

 「神さま、もう一度お願いを聞いてください。10人しか正しい人がいないかもしれません。」神さまはその10人のために町を滅ぼさないと言われました。アブラハムのお願いは終わりました。神さまがゆるしてくださるのは、正しい人の数ではないからです。

6月20日(土)創世十八32〜33

 アブラハムはロトのこともソドムのことも神さまにお任せしました。神さまは滅ぼしたいのではないことを知ったからです。しかし町の悪はひどく、救われたのはロトと娘たちだけでした。

 アブラハムが100歳の時、神さまは子どもを与えてくださいました。生まれた男の子はイサクという名前をつけられました。

6月21日(日)創世二二1〜2

 神さまはアブラハムをテストされました。それはとても厳しく辛いテストでした。愛する息子をいけにえとしてささげるなんて、なんと従うことの難しい命令でしょうか。私たちは、自分にはそんなことは絶対にできないと思います。でもどうしてですか、と思うことも信じる生活には起こってくるのです。

6月22日(月)創世二二3〜5

 アブラハムは静かに神さまに従いました。従者二人を残して言った「私と子どもは礼拝をしてまた戻ってくる」という言葉に、アブラハムの信じる思いがありました。イサクをささげてしまっても、神さまはアブラハムに与えてくださった約束を果たすため、二人で戻れるようにしてくださることを信じていました。

6月23日(火)創世二二6〜8

 イサクは不思議でした。ささげものをするための火や薪、小羊を殺す刃物はあるのに、肝心の小羊がいないからです。でもアブラハムの「神さまが用意してくださる」という言葉に、神さまはささげるものも与えてくださるお方なのだとイサクは思いました。

6月24日(水))創世二二9〜12

祭壇の上でイサクは、お父さんが強い覚悟で自分をささげようとしているのを感じました。けれどもその強い覚悟を天使が止めました。神さまは、アブラハムが自分の愛する大切なたった一人の息子を惜しまないでささげる姿を見ました。アブラハムが神さまにどこまでも従うものだと認められました。

6月25日(木)創世二二13〜14

神さまに対するアブラハムの信頼する姿を見て、神さまはイサクをお返しくださいました。アブラハムが信じてイサクに伝えた通り、神さまがささえるいけにえの雄羊を用意してくださいました。二人は雄羊を祭壇の上で焼いて、神さまを礼拝しました。

6月26日(金)創世二二15〜19

アブラハムが神さまに愛する息子をささげることによって、アブラハムは自分のすべてをささげることを惜しみませんでした。だから神さまは「あなたの子孫を増やす」とあの約束をさらに誓われました。神さまが祝福してくださるように、人も神さまに従いついていく、呼びかけに応える関係が私たちにとって何よりの幸いなのです。

6月27日(土)創世二二15〜19

アブラハムが信じたように、親子そろって従者たちのところに帰りました。神さまの愛は、私たちがささげていけるように多くの祝福をくださるのです。

 将来結婚したいですか?どんな人と?今から神さまに結婚のためにお祈りしてみませんか。

6月28日(日)創世二四1〜4

 大人になったイサクに、アブラハムはお嫁さんを探すことにしました。そこで一番信頼しているしもべに、アブラハムのふるさとで探してくるようお願いしました。お嫁さんになる人は、アブラハムとイサクが信じる神さまを信じる人でなければなりません。一緒に神さまを礼拝することが生活の中心だからです。カナンにはそういう人はいませんでした。

6月29日(月)創世二四5〜9

 お嫁さんは、カナンに来てくれる人でなければなりません。なぜなら、神さまはアブラハムの子孫にカナンの地をくださると約束してくださったからです。だからアブラハムは神さまが天使を遣わして、しもべにお嫁さんを見つけさせてくださると信じていました。

6月30日(火)創世二四10〜14

 しもべは旅をしながらどんなお嫁さんがいいか考えていたのでしょう。そして神さまにこう祈りました。「私にだけでなく、お願いしなくても、らくだにも水をくれる娘をイサクのお嫁さんにしてください」。しもべだけでなく、らくだのために水を汲み続けることができる働き者で思いやりのある娘こそ、イサクにふさわしいと思ったのです。

7月1日(水))創世二四15〜21

 神さまはしもべが祈りを終える前に祈りの答えをくださいました。リベカという娘が水汲みにやってきました。リベカにしもべが水を飲ませて欲しいとお願いすると、彼女はすぐに水がめの水を差し出しました。それだけでなく、進んでらくだのために何度も水を汲みに行き、何頭もいるらくだに水を飲ませたのです。神さまに祈った通りのことが起こりました。

7月2日(木)創世二四22〜28

 しもべは彼女がアブラハムの親戚の娘だと知った時、ひざまずきました.そして神さまにひれ伏して感謝のお祈りをしました。神さまは祈った通りの娘に出会わせてくださり、それも親戚の娘だったからです。神さまはイサクのお嫁さんを用意してくださっていました。

7月3日(金)創世二四50〜53

リベカの家族は「このことは神さまから出たことだから、リベカをイサクのお嫁さんにしてください」と言って賛成しました。しもべは神さまがなさることにひれ伏すばかりでした。

7月4日(土)創世二四54〜61

リベカはこれが神さまの計画だと信じました。それで家族との別れの時間を持たないで家を出ました。こうしてしもべは、イサクのお嫁さんを連れて帰ることができました。