【年間標語】恐れるな、主が共におられる
【年間聖句】「恐れるな、私があなたと共にいる。たじろぐな、私があなたの神である。私はあなたを奮い立たせ、助け私の勝利の右手で支える。」(イザヤ書41章10節)

私たちの教団のホームページにようこそ!

教団委員長 大前信夫

 私たちの教団はキリスト教のプロテスタント(新教)に属します。
それぞれのプロテスタント教会には独自の歴史と信仰の特徴があります。私たちの教会は「ホーリネス」を名称としていますが、それは英語で神の聖さを意味し、イエス・キリストを人生の主として生きる時に与えられるいのちの輝きを表そうとしています。

 かつて私は生きる意欲のない者でした。どんどん人を避けるようになり、新しい朝を迎えることも嫌になっていました。そんな私の人生にイエス・キリストは訪れ、神の愛を表してくださったのです。そして、このイエス・キリストとの出会いにより私の毎日が大切なものになり、たくさんの「驚くばかりの恵み(アメイジング・グレイス)」を経験させてくれました。
 ぜひあなたもお近くの教会にお出かけください。きっと、素晴らしい出会いが待っています。(教会の住所等は「全国教会所在地」をご覧ください)
 このホームページをご覧くださった皆さまの上に、神さまの祝福がますます豊かにありますようにお祈り申し上げます。


 
 
 
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宣教局


 

T&Mホームページ

 現在ホーリネス系の教団教派を中心に受講者が与えられ、延べで1500人を越える勢いで日本中に広がっています。T&M実施教会も50教会以上になりました。
聖書的で健全な教会を目指すT&Mは、内向きの体質から外向きの教会へと教会を刷新します。教団教派を越えて全国から救いの喜び声が続々と集まっています。
 教職だけでなく信徒の方々も多数参加されています。途中参加も可能です。すでにLevel1セミナー又は、コーチングセミナー受講されて登録されているセミナーは無料参加可能です。リピーターも増えて各セミナーは常時40~60名になっています。
アフターコロナに備えて、あなたも参加してみませんか。

1月から新しいセッションが
始まりました
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第6回T&MLevel1
Zoomセミナー

T&Mの全体像を知っていただくために
毎週火曜午後7時30分〜9時
1月11日~2月22日
全12セッション

第5回コーチング
Zoomセミナー

魂の導きと育成のためのコーチングを学びます。
毎週金曜夜7時30分〜9時
2月4日~3月25日
全8セッション

 第8回ワンポイント
Zoomセミナー

Level1とコーチングセミナーを受講された方々のリクエストに応じたポイントを絞ったセミナーになります。
毎週金曜夜7時30分〜9時
1月7日~1月28日
全4セッション

伝道特訓セミナー
Zoomセミナー
T&Mで取り扱われている証しの方法、三つの円を用いた伝道、エバンジェキューブを用いた伝道、訪問伝道、路傍伝道などについての実践的な学びと訓練を致します。
毎週月曜日午後7時30分~
1月31日~
 
その他グループコーチング、個別コーチング、国内外の教会増殖に関係する特別講演どを行っています。

教育局

 


説教勉強会

   

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次世代ワーキンググループ
 

視聴覚

聖会の説教などのCD、DVD販売の注文

聖書の光

胎児から成人までの一貫した教案誌(ワーク付)個人の学び家庭集会にも最適

毎回のテキストに四コマ紙芝居が入りました。

聖書の光の注文

 
 
 

奥琵琶湖キャンプ場


琵琶湖のほとりにあるキャンプ場

次世代育成


Youth Jam2021

日本ホーリネス教団の青年大会ユースジャム(YJ)の広報部です。 Youth Jamについてイベント情報、講師情報などを発信します。

対象:日本ホーリネス教団の中学校1年生(13歳)から39歳の信徒
 


 
(2017年6月15日)
(2017年4月13日)
平和の祈り
(ページ内よりダウンロードできます)
 
 

ヨセフたちが夢見た救いと希望

 
マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。(マタイ1:21)
 
  あけましておめでとうございます。新しい年を迎え、初夢について話題にした方もおられるのではないでしょうか。

 聖書の世界にも、夢についての話はときどき登場します。旧約聖書の登場人物で夢の人と言えば、創世記の後半に登場するヨセフという人物ではないでしょうか。
 
 彼は夢を通して神さまの不思議な導きを受けました。そして夢の導きに従った結果、0人の兄たちと和解して、イスラエル一族は再び一つとなり回復しました。そして創世記45章7節で、夢による導きは「大いなる救いに至らせるため」であったとヨセフによって告げられます。これは大飢饉の中で滅びの道を歩んでいた自分たちが、夢を通して神さまの導きを受けて救われたのだという驚きの言葉でした。このシーンはとても感動的です。旧約聖書のヨセフが夢見た導きは、神は私たちを救われるということでした。
 
 新約聖書にももう一人、有名なヨセフが登場します。イエスの父ヨセフです。こちらでは、マタイによる福音書一章10節で、婚約者マリアが身ごもったのは神さまの働きであるということが夢により知らされます。マリアに宿る赤ちゃんの名前を「主は救い」という意味のイエスと名付けること、そして「主は救い」という名の通り人々を罪から救う者になることが告げられます。ここでも神さまの救いが示されたのです。
 
 ここで私たちは信仰をもって夢見るとき、素晴らしい未来が開かれるということを教えられます。なぜなら、イエスさまは私たちを救う神さまだからです。
 
 神さまは私たちに悪いことはなさいません。ヨセフたちのように神さまの言葉に信頼しましょう。今年は寝る時の夢だけではなく、心の中にイエスさまの救いと希望を夢見ていただきたいです。皆さまがイエスさまの救いを信じて、希望に満ちた年となるように心からお祈りしています。
(「きぼう」1月号)

     

 (「きぼう」アーカイブ) 
 

向こう岸に向かって

教団委員長 大前信夫

さて、その日の夕方になると、イエスは弟子たちに、「向こう岸へ渡ろう」と言われた。(マルコによる福音書4章35節)
 
 新しい年のため、どのような主からの挑戦、約束を受けとめておられるでしょうか。

 そんなことを考える時でない。もう人生の夕暮れだから。静かに過ごせれば良いのだ。自分の現実を見ると、そんな気持ちにもなるかもしれません。しかし、主イエスは夕方になって弟子たちに、「向こう岸へ渡ろう」と声をかけられたのです。
 
 「向こう岸へ渡る」。それは主イエスが示される信仰のゴール、人生のゴールへと進む信仰者の姿であり、さらに教会の姿を表しています。その目的はただ湖を渡ることだけではありません。湖をどのように渡るのか、つまりそこで与えられる経験を経て、主イエスを知り、主を信頼する者になっていくこと、そこに真の目的がありました。

 しかし、当の弟子たちはそんなことに気づいていません。思いがけない突風に、舟のコントロールを失いました。舟を扱い慣れた弟子たちでしたが、死を覚悟するほどだったのです。弟子たちは恐れ、艫の方で眠っておられた主イエスに言いました。「先生、私たちが溺れ死んでも、かまわないのですか」。私たちは苦しんでいるのに、どうして寝ているの。その驚きは、「だから私たちも大丈夫」との信頼に結びつきません。それは不満、怒りになりました。「私
がどうなっても構わないのですね」 「私なんてどうでも良いのですね」。
 
 予想外の出来事に心のコントロールを失い、恐れに捕らわれる時、どうしても人の弱さが剥き出しになってしまいます。強い不安、身勝手さ、人への無関心などなど、自分って、この社会ってこの程度なのかと思うほどです。
 
 このような思いがけない突風、手に負えない逆風は、主イエスと共に進む歩みにおいて、前に進むことを妨げるものに思えるのです。しかし、この出来事においては、それら突風、逆風は妨げなのではなく、弟子たちの弱さを露わにするものに過ぎませんでした。その弱さとは、「どうせ私なんて」と言ってしまう神の愛への信頼のなさでした。
 
 私たちの前に開かれた新しい年、主イエスはどこに向かわせられるでしょうか。弱さがむき出しになり、「なぜ怖がるのか。まだ信仰がないのか」との声を聞くかもしれません。それでも主が指し示される岸を見つめましょう。主に大きな期待をもって進みましょう。主が共におられるのですから。恐れるな。
(「りばいばる」1月号)

  

「りばいばる」アーカイブ
 
恐れるな、主が共におられる

神への期待と神の期待

  
 新しい年を迎え、皆さんは何を期待されているでしょうか。

 クリスチャンになる前、私にとって正月と言えば神社仏閣への初詣。もちろん新しい年への期待、夢が願い事でした。それは、賢くなりますように、よく勉強ができますように、テストで良い点を……と、年齢が進み、表現は変わりますが、すべては自分のためでした。そんな私も、礼拝に初めて出席した18歳の頃には、自分と将来に期待する気持ちさえも失っていました。ただ「あの人みたいやったらエエのになぁ……」と、人への羨ましさと自分への惨めさだけでした。ところがキリストとの出会いは、願い事を向ける神さまが代わったのではなく、新しい生き方へと私を招いたのです。それは、キリストの権威にあって生きることでした。
 
 イエスは、近寄って来て言われた。「私は天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民を弟子にしなさい……」(マタイによる福音書28章18、19節)
 
 ある日の主日礼拝で語られたこの主イエスの言葉は、劣等感に閉じ込められ、足元だけをうつむき見ていた私に、一切の権能を授けられた主イエスにより立ち止まっている所から行く、そこから出て行く決断を与えたのでした。

 それから何度も置かれた場所から出て行く経験を繰り返したことです。まず家族や故郷から離れました。日本から出て行きました。生涯の使命と信じていた地から戻されました。共に過ごした娘たちと別れました。そして、今も……。主イエスはその権能により私を新しい世界へと連れ出されるのです。

 精神科医ヴィクトール・フランクルが、ナチスの強制収容所で想像を絶する経験をしたことはご存じでしょう。生きていることが当たり前でない状況で、人生に、自分に何も期待できない中で、彼は生きていることそのものに意味があると考えました。それは生き残れば良いということではありません。「私は人生にまだ何を期待できるのか」ではなく、「人生は私に何を期待しているか」と、生きている者自身が問われている。そして、その問いに答えることに、人生に生きる意味があると言うのです。
 
 人生が主イエスの権能の下にあり、主が私たちをある状況に置かれたのなら、フランクルが言うように、そこに私たちに期待しているものがあるのです。それがたとえ病院や施設であっても、期待した通りの状況でなくてもです。この迎えた新しい年、あなたが置かれた場所で、主イエスはあなたに何を期待されているのでしょうか。
 
(「りばいばる」視1 月号

 

(「りばいばる」アーカイブ)
 
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願書締切 2022年2月22日(水)
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