私たちの教団のホームページにようこそ!

教団委員長 大前信夫

 私たちの教団はキリスト教のプロテスタント(新教)に属します。
それぞれのプロテスタント教会には独自の歴史と信仰の特徴があります。私たちの教会は「ホーリネス」を名称としていますが、それは英語で神の聖さを意味し、イエス・キリストを人生の主として生きる時に与えられるいのちの輝きを表そうとしています。

 かつて私は生きる意欲のない者でした。どんどん人を避けるようになり、新しい朝を迎えることも嫌になっていました。そんな私の人生にイエス・キリストは訪れ、神の愛を表してくださったのです。そして、このイエス・キリストとの出会いにより私の毎日が大切なものになり、たくさんの「驚くばかりの恵み(アメイジング・グレイス)」を経験させてくれました。
 ぜひあなたもお近くの教会にお出かけください。きっと、素晴らしい出会いが待っています。(教会の住所等は「全国教会所在地」をご覧ください)
 このホームページをご覧くださった皆さまの上に、神さまの祝福がますます豊かにありますようにお祈り申し上げます。


 
 
 
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教育局

 


説教勉強会

   

CS研究会、CSネットワーク

 
次世代ワーキンググループ
 

視聴覚

聖会の説教などのCD、DVD販売の注文

聖書の光

胎児から成人までの一貫した教案誌(ワーク付)個人の学び家庭集会にも最適

毎回のテキストに四コマ紙芝居が入りました。

聖書の光の注文

 
 
 

奥琵琶湖キャンプ場


琵琶湖のほとりにあるキャンプ場

宣教局


 

T&Mホームページ

 現在ホーリネス系の教団教派を中心に受講者が与えられ、延べで1500人を越える勢いで日本中に広がっています。T&M実施教会も50教会以上になりました。
聖書的で健全な教会を目指すT&Mは、内向きの体質から外向きの教会へと教会を刷新します。教団教派を越えて全国から救いの喜び声が続々と集まっています。
 教職だけでなく信徒の方々も多数参加されています。途中参加も可能です。すでにLevel1セミナー又は、コーチングセミナー受講されて登録されているセミナーは無料参加可能です。リピーターも増えて各セミナーは常時40~60名になっています。
アフターコロナに備えて、あなたも参加してみませんか。

セミナーの新しいセッションが
9月から始まりました

第5回T&MLevel1
Zoomセミナー

T&Mの全体像を知っていただくために
毎週火曜午後7時30分〜9時
9月7日~11月23日
全12セッション

第4回コーチング
Zoomセミナー

魂の導きと育成のためのコーチングを学びます。
毎週金曜夜7時30分〜9時
10月1日~11月19日
全8セッション
 

次世代育成


Youth Jam2021

日本ホーリネス教団の青年大会ユースジャム(YJ)の広報部です。 Youth Jamについてイベント情報、講師情報などを発信します。

対象:日本ホーリネス教団の中学校1年生(13歳)から39歳の信徒
 


 
(2017年6月15日)
(2017年4月13日)
平和の祈り
(ページ内よりダウンロードできます)
 
 

神さまも絶望を経験しているの?

わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか。 (マタイ27:46)
 
 人生に絶望したことはありますか?日々平凡な生活を送っている中でも、雪原に現れるクレパスのように深い闇を見てゾッとすることがある。孤独と死への誘いに吸い込まれそうになる。
 
 神と格闘している若者がいる。3才まで乳児院で育ち、養子縁組で新しい家族の下で育った。5才の時に発達障害と診断され、生きづらさを抱えながら生きている。「神は僕に生まれる苦しみと生きる苦しみの二つを与えた」。死にたいという魂のうめきはラップミュージックと出会うことで感情を表現することにより喜びや希望を見出した。某新聞の取材に「芸術は弱点を武器にできる。他の人が見ていない世界を自分の言葉で伝えたい」と話していた。
 
 病棟で小児癌になった8才の少女の深い孤独な瞳に出会ったことがある。学校へ行く。友だちと遊ぶ。家族と共にいる。健康な体で過ごすという何気ない日常が突然奪われた。
 
 イエスさまは十字架上で、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれた。深い絶望から魂の振り絞るような叫びが聞こえてくる。父なる神さまとしっかり繋がれていた手がほどけて闇の世界に落ちていくような孤独を経験されたイエスさま。
 
 私たちが苦しみと格闘している姿は、みじめな姿・敗者の姿だろうか?いや、神さまは「すごいね、勇者だね」と声をかけてくださると思う。なぜなら魂は最も神さまの近くにあり神さまと対話しているのだから。
 
 神さまは私たちの叫びをしっかり聞いておられる。必ずや私たちの手をしっかり握り、闇の世界から引き上げてくださる。私たちの重荷を負ってくださる。その懐で休ませてくださる。主は魂を奮い立たせ、目に光を与え、命の癒しと祝福をお与えになる。
(「きぼう」10月号)

     

 (「きぼう」アーカイブ) 
 

 

大いなる祝福の約束

信徒教団委員 大枝 千恵子
 
 神は言われた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして私が示す一つの山で、彼を焼き尽くすいけにえとして献げなさい。」(創世記22:2)
 
 イサクはアブラハムにとって、神から与えられたかけがえのない大切な約束の子でありました。いよいよ定められた場所に着き、アブラハムがイサクを屠ろうとしたその時、神は御使いを通して言われました。

「その子に手を下してはならない。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが今わかった。……私はあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を空の星のように、海辺の砂のように大いに増やす。」(創世記22:12、17)
 
 アブラハムの信仰をご覧になり、イサクを献げることに待ったをかけ、子孫の祝福を約束してくださった神さまは、後に独り子なるイエスさまを、私たちの救いのために献げてくださいました。父なる神さまの驚くべき深い御愛を仰ぎ見る時、今握りしめているものはないだろうか、すべてを空にして愛する主の前に出ているだろうか、ひたすら主の御旨を求めているだろうかと自らを探る思いになります。そして、何とか主の御愛に応答できる者になりたいという願いが湧き上がり、胸に迫ります。

  私は教団のご奉仕に加わり、半年が経過しました。今年度の教育局主催の研修や祈り会は、Zoomによるものではありますが、スタッフとして参加し、貴重な学びの恵みにあずかることができ感謝しています。先生方や勧士の方々と触れ合う機会が与えられ、立てられた尊い器のお働きがより身近に感じられるようになり、只々感謝でいっぱいになります。これからのお働きの上に聖霊の豊かな助けと導きがありますよう、切に願い祈ります。
 
 昨年からの新型コロナウイルスのパンデミックは、日を追う毎に拡大しており、一体いつ終息するのだろうかという思いになります。また、今まで経験したことのないような自然災害も各地で発生しており、正に今は混沌とした時代の真っ只中にあると思えてきます。

 しかし、このような時だからこそ、一人でも多くの方が福音に触れ、救いの恵みに導かれますよう、心から祈っていきたいと思います。そして、全国各地に置かれている教会、また私たち一人ひとりが豊かに用いられ、この試練の先にある、困難な状況を超えた神さまのご計画と大いなる祝福の約束を信じて、さらに祈りつつ前進していきたいと願っています。
(「りばいばる」10月号)

  

「りばいばる」アーカイブ
恐れるな、主が共におられる
 

ユースジャムは熱かった

教団委員長 大前信夫

「きょうだいたち、あなたがたは自由へと召されたのです。ただ、この自由を、肉を満足させる機会とせず、愛をもって互いに仕えなさい。」
(ガラテヤの信徒への手紙5章13節)
 
 教団のビッグイベント、ユースジャムがオンラインで行われました。毎回とても印象深いテーマが掲げられますが、今回は「FREEDOM」、自由でした。そして、6回のメッセージを3人の説教者が担当され、とても正直に自分の体験と共に、大胆に熱く語られました。右の言葉が語るように、キリストが与えられた自由は、決して好き勝手に生きることではありません。この自由は人を愛することへと向かうものです。メッセージを聴きながら、人を愛することの難しさ、貧しさに気づかされたいくつかの経験を思い出しました。その一つが、東京聖書学院の寮生活での出来事でした。
 
 聖書学院での寮生活には、学期ごとに決められる同室者がいました。寛容さのない私には、人と人との距離が近い環境はしんどいものでした。ある学期、同室者だった先輩は、「私の目には」ちょっと変わった人でしたので、あまり関わらないようにしていました。しかし、同室ですからお互いに生活音があるのは当たり前で、それらの小さな音にも徐々に苛立ちを感じるようになりました。そんな自分はダメだと、就寝前に「神さま、一人の人を愛せない私を赦してください」と毎晩のように祈るのです。でも何も変わらない自分を情けなく思うばかりでした。とうとう同室者との最後の夜、私はようやく決意をして、「〇〇さん、いっしょにお祈りしてもらえますか」と言いました。「神さま、〇〇さんの学びと訓練を祝福してください」と祈るとき、決して自分を取り繕ったのではなく、自然な心で祝福を祈ることができました。結局、その同室者を好きにはなれませんでしたが、その人の祝福を祈るとき、苛立ちや苦々しさからの自由を経験しました。大切なことは神の前で自分を責めるのではなく、神に心を向け、その人の祝福を祈ることでした。
 
 ジャムでの恵みの集会、ガラテヤ書の言葉を通し、キリストが与えられた自由は、神に愛され、赦されている自分を知ることによると語られました。そして、自由へと召されたのですから、キリストによって自由に生きる人生に招かれたのです。もちろん、これは若者たちだけへの招きではありません。誰もが愛をもって互いに仕える自由に生きることへとチャレンジされているのです。あなたはどう答えるのでしょうか。

 

(「りばいばる」視10 月号

 

(「りばいばる」アーカイブ)
 
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