私たちの教団のホームページにようこそ!

教団委員長 島津吉成


 私たちの教団は、キリスト教の新教(プロテスタント)に属する教団で、全国に151の教会があります。
 「夜はよもすがら泣き悲しんでも、朝と共に喜びが来る」。これは、聖書の詩篇30篇5節というところに記されているみ言葉です。夜の闇がどんなに深くても必ず明るい朝が来るように、神さまはどんな人に対しても希望の光を注いでくださると約束してくださっているのです。嬉しいことですね。
 ぜひ、お近くの教会にお出かけください。きっと、素晴らしい出会いが待っています。(私たちの教団の教会は、このホームページの中にあります「全国教会所在地」に掲載されています)
 このホームページをご覧くださった皆さまの上に、神さまの祝福がますます豊かにありますようにお祈り申し上げます。


 
 
 
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教団教職者、教団総会信徒代議員、勧士、教団執行部、信徒スタッフ(局、委員会)のみが登録可能

総務局

「7月豪雨災害について」

「7月豪雨」で被災されたすべての皆さまにお見舞い申し上げます。 

7 月3 日(金)から九州地方を中心に全国で豪雨、大雨が続いています。そこで、四国及び九州教区長に教区内の教会の被害状況を確認していただいたところ、教会も信徒の方々も被害はないとのことです。

(クリスチャン新聞記事)

「新型コロナについて」

新型コロナウイルスの感染拡大を受けてのお願い

LinkIcon【第11報】 新型コロナウイルス感染症への対応についてのお願い
LinkIcon【第10報】 新型コロナウイルス感染症に伴う「宣教支援金」について


コロナ対策のためのNet配信

 K元牧師 検証報告

宣教局


 

T&Mホームページ

 

7月から第二回目のZoom によるT&M セミナーが始まっています。途中参加も可能で、すでに各地でLevel1セミナー又は、コーチングセミナー受講されて登録されているセミナーは無料参加可能です。
①Level 1 Zoomセミナー
テキスト使用ライセンスを得るため
②ワンポイントZoomセミナー
T&Mを始めておられる方々や導入を予定する方々へ
③コーチングZoomセミナー
T&M訓練を効果的に行うために

教育局


 説教勉強会

 
 

CS研究会、CSネットワーク

 
次世代ワーキンググループ
 

視聴覚

聖会の説教などのCD、DVD販売の注文

聖書の光

胎児から成人までの一貫した教案誌(ワーク付)個人の学び家庭集会にも最適

聖書の光の注文

 
 

奥琵琶湖キャンプ場


琵琶湖のほとりにあるキャンプ場

 
(2017年6月15日)
(2017年4月13日)
平和の祈り
(ページ内よりダウンロードできます)
 
 

7月

 
神の業が現れるために

 
神の業がこの人に現れるためである。(ヨハネ9:3)

 
 私の祖母は、戦争で夫を亡くし、幼い息子も病気で亡くし、「立て続けに起こる不幸には何か原因がある」と親戚や近所の人に連れられて祈祷師をたずね歩いたそうです。しかし、どこに行っても、この畑が悪いとか、ご先祖様の供養が足りないとか、問題をあれやこれやと言われるのだけれども、誰からも救いの言葉を聞くことができなかった。ますます不安と思い煩いが増えるばかりであったと言っていました。
 
 前世や過去の報いを必ず受けるという。因果応報・という考え方があります。今ある不幸や災難には原因がある。そう考えて、あれやこれやと詮索し、時代や社会、自分や家族のせいにする。そうしないと現状を受け止めることができない。しかし、そんなことをしても、何の解決も得られないし、そこに救いはありません。
 
 聖書の中に、生まれつき目の見えない男の話があります。この男は、道端に座って物乞いをしていました。その前を、主イエスとその弟子たち一行が通りかかりました。すると、その男の姿を見た弟子が、「この人が生まれつき目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか」と、主イエスに尋ねました。それに対して、主イエスは、きっぱりとこう言われました。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」。
 
 主イエス・キリストただおひとり、私たちが経験するすべての不幸や災難を、神の業、すなわち「私たちの救いが起こるため」と断言してくださるお方です。その言葉が現実の出来事になるために、+字架の死に飛び込んでくださり、その死から甦えられたお方です。ここにこそ、すべての人の救いがあります。主イエス・キリストをあなたの救い主と信じる時、あなたにも神の救いの御業が起こるのです。
 

(「きぼう」7月号)

     

 (「きぼう」アーカイブ) 

主イエスを模範として

信徒教団委員 
 

 不思議なことが起こり、その時は理解できなくても時が来れば解ることがあります。神さまとの出会いや御言の奥義を知らされ、目が開かれた時もその一つであるでしょう。「私があなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのだ。」(ヨハネ13:15)
 
 最近、示されている御言でありますが、ご自分を「模範にしなさい」と言えるのは、神さまだけではないでしょうか。人間には言えない言葉であると思うのです。私たちに「模範にしなさい」と言ってくださる方を知っていることは、大きな恵みであります。そのようなお方を持っているのと持っていないでは、人生の歩み(生き方)に大きな違いが出ると思うのです。

 この御言の前段で「私があなたがたにしたことが分かるか」(13:12)と、主イエスは弟子たちに、ご自分の行為の倫理的意義を説明されます。キリスト教倫理の根本は、キリストがなさったことを模範とすることです。私たちキリ
スト者は何をなすべきか、その答えを主イエスはご自分の模範をもって示しておられます。「それで、主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきである」(13:14)とあります。そしてこの個所の結びで、あなたがたがこれらのことを知っていて、祝福を受けたいと願うなら、それを行うときにあなたがたは祝福される(13:17)と、主イエスは言われています。私たち人間の思いでは、足を洗い合うような行動をすることはできないことを、主イエスはご存じです。ですから、私が与える聖霊によってそのことはできるから、聖霊を受けて互いに愛し合いなさいと言われ、主イエスを模範として歩むことを勧めています。私たちは仕え合うとき、へりくだる時、神さまからの愛をいただいて、それをすることができると、主は言われるのです。

 また、私たちが神さまの御心だと思って進んでいる歩みであっても、もし御心でなければ、神さまは御言によって正しい道に導いてくだると信じます。贖われ生かされている者は、主の御言により、主に信頼し、聖めの信仰に立って証しをして行けることを覚えたいと思います。

「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」(フィリピ3:14)

 

 

(「りばいばる」7月号)

  

「りばいばる」アーカイブ
使命に生きる主のしもべ
―キリストの愛の中で、仕える喜びに生きよう―
  

集まることと、散らされること

教団委員長 島津吉成
 

 緊急事態宣言が解除され、礼拝の再開に踏み出している教会もあると思います。共に集うことができなかった間、それぞれの教会で様々な工夫がなされ、つながりの絆を保つために悪戦苦闘の日々が続いたと思います。とりあえず、緊急事態宣言は解除されましたが、ワクチンや新薬ができるまでは、再び感染が広がることもあるでしょうから、しばらくの間、教会としても、その地域の状況を見ながら試行錯誤していくことになるのだと思います。

1.集まること

 今回、共に集うことができなかったことを通して、改めて、教会にとって共に集うことがどんなに恵みであり、大事なことだったのかということを痛感しました。ペンテコステのときも、「皆が同じ場所に集まっていると」(使徒2:1)、そこに聖霊が降りました。
 
 共に集まることができなかったとき、インターネットを用いて礼拝を配信した教会も多かったと思います。今回のことを通して、ネットの活用がどんどん進み、伝道や交わり、教会教育など様々な面で新しい試みが進んで行くことと思います。ここには大きな可能性が秘められていると思います。
 
 その上でなのですが、人間は安易な方向に流れやすい存在です。具体的に共に集まるということは、体を動かすということです。巣ごもり生活が続いて、体がなまってしまったという方がおられるかもしれません。体を動かすことがおっくうになる、という心理が働くこともあるのではないかと思います。そのおっくうさを振り払って、体をそこに持って行き、顔と顔を合わせる。やはり、教会はこれを大事にしなければいけないと思うのです。「兄弟が共に住むことは、何という幸せ、何という麗しさ」(詩133:1)。ここに、教会の姿があります。今は感染予防に細心の注意を払いながらですが、「共に集う」教会を再建して行きましょう。

2.散らされること

 使徒8章には、迫害のために使徒たち以外の人々(つまり信徒の人たち)がエルサレムにいることができなくなり、地方に散らされて行ったことが記されています。でも、彼らは散らされて行った場所で御言葉を伝え、こうして福音が広がって行ったのです。すごいですね。彼らは信仰的に自立しているのです。牧師がいなくても、信仰生活を守り、伝道にも励んでいるのです。

 今回、私たちは共に集うことが難しい状況の中を通りましたが、その中でも、初代教会の信徒たちのように、それぞれの場で、しっかりと信仰生活を守り、主を証ししていく者として、成熟していくことが大事だということを知ったのではないでしょうか。

 共に集うことと、散らされる(遣わされる)こと、この2つに強くなることが大事だと思いました。
 

(「りばいばる」視7 月号

 

(「りばいばる」アーカイブ)
 
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豊島区東池袋1-20-10
としま区民センター 
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Z00M

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災害支援対策委員会

このたびの「西日本豪雨」「大阪北部地震」「北海道胆振東部地震」で被災されたすべての皆さまにお見舞い申し上げるとともに、主の慰めと平安を心よりお祈り申し上げます。 
【北海道胆振東部地震】
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【大阪北部地震】
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【西日本豪雨災害】
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